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視点を固定化しないために [日記]

高校1年の授業の時間に、シーザー(カエサル)の石膏像の
デッサンをする時間があったのだけど、
ともかく書いて、クラス全員の絵を並べて
どれがいいと思うか?という先生の問いに
自分を含めて皆が指さしたのは、自分の書いたやつだったりして・・・

いや、自慢話ではないんですよ。正直。

集中して自分で書いておいて、はい!時間です、となって
初めて他人の絵と比較したのだから、気づかなかっただけのことです。

その時間は、それで何事もなく過ぎ去りました。

子供のころから、新聞についてくる広告の裏が白いヤツに
マンガを書いたり、弟たちや友達とそれを使ってゲームをやったりと、
けっして裕福な家ではなかったけれど、
白い紙一枚があれば、なんにでも使えるということをやっていた。

今のようにゲーム機もなかったし、PCもネットもなかったけれど
それなりに豊かだったような気がします。

さて、そのような「がきんちょ」は、なにげにマンガを描く機会が
あれば、学級新聞に4コマ漫画を掲載したり
小学校の卒業文集の編集委員になって、マンガをうまく描ける
友達と組んで冊子を作ったりしたりが

結局、なんとなく自分は絵がうまいのではないか?
という先入観を刷り込まれていたという感じ。

で、高校は1、2年は天文部だったけれど
3年になり、美術の先生にそれこそ無理やり
美術部に来て絵を学ぶといい、ということに・・・

なので3年の時は、石膏像のデッサンをしまくったり
初めて油絵に挑戦したのもこの頃
背の小さな彼女が出来たのも、この頃

美術の時間になんだろう博多人形?かな?
それを丁寧に描いたら、クラスのみんなや美術の先生が
大絶賛で、結果的につき合っていた彼女にあげたのだけれど

卒業であっさりお別れって、イルカの歌を思い出しますよ。

そんなので、横浜の大学の法学部に
なーんにも考えずに入学。

ただし、今度は天文部はなかったので、
そりゃあ、入るのは美術部だ!

というわけで、なにしに学校へ行っているんだ?
というくらい、今度は美術部に肩入れして
美術談議に花が咲く。

土曜日になると、モデルさんを呼んで
デッサンというか、いわゆる裸婦クロッキーです^^

最初はドキッとしたけれど、
慣れると、これが結構しんどい作業であることに
気づきます。

とにかくポーズを変える時間が5分とか2分!?
その度に、視点を変えるために、自分がいい!
と思う角度の位置を探すという感じ。

それが、だんだん面倒くさくなってくると
人間って怠惰なところがあって、
モデルさんが勝手にやってくれるんだからと
受け身に回ってしまうんですね。

さすがに、ちょっと見えそうなところが
こちらを向いた時などは、すごすごと
別な場所に移動しながら
もったいねーと、内心思ってましたw

そういう仲間との話や先輩から聞いた
視点を変えると、同じものが違って見える
ということは、さんざん経験したことで...

その経験があるからこそ、
後のソフト屋稼業にも生かせたと今は思います。

この言葉、実は「下剋上」の作者さんも
言っている言葉で、大切な姿勢だということです。


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