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予備校時代 [アーカイブ]

僕は高校生の頃は、やりたいことはやりたい放題だったので、
順調にw学業の方のレベルはついていけないという感じでしたw

高3の春にかわいい彼女に恵まれ、卒業から予備校までのくだりは
前記事の【高校生(5)】に詳しく書いてあります。マジで実話っす!

予備校時代は仙台の「まかない」つきの下宿に住みました。
越路という所で愛宕橋(旧)の近くでした。

同じ予備校に、なんでなのか?
小学生の頃の友達、仙台の中学時代の友達、引っ越し先の中学の同級生が
一堂に集結してしまうという、変な同窓会みたいな状況でした。
類は友を呼ぶって、こういうことか?と思ったw

ともかく、予備校時代の僕は失恋の痛手から完全に脱していなくて
親元を離れたので、やりたい放題、お酒をがっつり飲んで寝ているかw

そうでない日はなんかいたたまれない気分になり
朝まで欝々と眠れないし・・・orz、という日もありました。

そうかと思うと勉強に打ち込んでなにもかも忘れてしまおう!だったりとか・・・(^^;

悩んだ末に、それが「青春」ってもの?という感じだったかもw

予備校の授業は高校の頃の悪友が同じ下宿にいたり
福島出身の愉快なヤツ、山形からの筋肉ムキムキな先輩や
毎日夜になると英語の発生練習をする向かいの会社員とか・・・
話し相手やいろんな雑音も楽しめて、なんだかんだいって、気楽でした。

予備校にも個性的な先生はいるもので笑えた話を思い出します。

『駅前の大学』にはあまり入り浸らなよーに、と最初は、ん?(・_・)?
と意味が解らなかったけれど、パチンコ屋という意味だったw

いーですか?勉学を成すには、『顔の色の問題』で紫色を通り越して
緑色になるまで、やり通さないと合格はありえない!などと・・・
そんな話、本気で信じるほうがおかしいでしょうw

賄いつきの下宿なんて初めてだったので、食べ慣れていない食材には多少閉口した。

特に憶えているのは『いわしのつみれ』が味噌汁に入っていた時
「ぎょぎょっー!」(さかなクン風に)となった、
これ、まともな食い物なんですか?って・・・今思い出すと笑ってしまいそうだ。

つみれ系はかなり、旨いのです。特に酒飲み人間にとってはw

人間、よそ様のお家の食事を経験することで、食べ物の新たなおいしさ
ありがたみが、わかるものだ!とその時は思いました。

山形出身のベジタリアンの人が、いちいちチャーハンの小さいひき肉を
取り除いて食べていたのを、悪友と、ぷっと噴き出しながら指さして
見ていたのを憶えていますw

その頃のことだと思うのだけれど、丁度、さとう宗幸さんの「青葉城恋唄」
流行った時だった気がします。

下宿の近くに広瀬川が流れていて、よく岸辺に行って別れた彼女と
一緒にいた河原を思い出してしまい、ほろ苦さを味わっていました。
なんというか、なかなか諦めがつかない、優柔不断さでしたねぇ。
ちょっと、情けない奴でしたw

でも、Jちゃんと、手を繋いで七夕を見ることができていたら・・・なんてと思うと
やはり切ない気分になるのは確かです。

彼女はきっと遠い北海道の地で、いいお母さんになっているんだよなあ
心より幸せに!と、綺麗な思い出をありがとう!と、言いたいです。

予備校の後半は順調に勉強に励みました。
翌年、N大、T大、そして横浜のK大と受けたところは全て合格し
一番入学金や授業料が安かった横浜の学校を選択しました。

5歳しか年が離れていない弟二人の受験が控えている
ことは十分にわかっていましたから・・・

家計が随分大変だったろうと、今、人の親になってひしひしと
当時の親の大変さやありがたみを理解できます。

そんな激動の一年間が、予備校生として過ごした時間帯でした。

それにしても、なんでアドセンス広告が表示されないのか?

バナナデスクさんのスカイプコンサル受けてみようかな
などと、考えています。。。

車のタイミングベルトは走行中に切れるw [アーカイブ]

車を80キロ弱で飛ばしている時にいきなりエンジンストップ
ギュイーンと音がして急停車って経験ありますか?

わたしは、あります。。。(^_^;

しかも悪いことに、山道の急な坂を登って行ってトンネルにさしかかった瞬間
10mほど入ったあたりで、止まりました。

な、な、なんじゃこりゃー!?(◎0◎)?(松田優作風でw)

しかも、悪いことに天下の公道ですから当然後続車が、続々と飛ばしてくるw

そうなるまでは、知りませんでしたね。
車ってどこかのベルト一本切れたりで
そういうことになるなんて・・・

助手席で、寝ていた、当時の上司も目を覚まして
おいおい、なんだ?どうした?って
けれども、いくらエンジンをかけ直そうとしてもなんともならない。

いやあ、あの、そのー、車が勝手に止まりまして~(;^◇^;)ゝえへへ
と、やっている間にも後続車が「パッパッパァー!アァァーンン...」と
クラクションを思い切り鳴らして追い抜いていく状況!
これって、完全にパニック状態ですからw

上司も私も顔色は真っ青だったと思いますが、そういえばトンネルの中で
真っ暗で判らなかったのかw

タイミングベルトが切れると(あとで車屋さんに聞いてわかったこと)
はっきりいって車はなんともなりません。

ハンドルさえもまともにきれないです。

とりあえずハザードランプはついたので、
上司がハンドルを握り、わたしは前からトンネルの入り口に向かい車を押しました。

さんざん他の車にののしられながら、ようやっと、入口横の空き地に車を移動できました。

そこで、会社に援軍を頼もうと携帯を見たら「圏外」のマークが...orz

トンネルの出口側に公衆電話があることはわかっていたので
上司が「よし!私が歩いて行ってみましょう!」と、意気込んで
待つこと十数分後、駄目だ寒すぎる、と青い顔して戻って来ました。

それで、さて?どうしよう?としばらく考え、やはり通る車に乗せてもらうのが早道
ということになり手を振って通る車にヒッチハイク的なアピールをしましたが、
なぜか止まってくれる車がまったくない・・・

場所が悪過ぎというか、どの車も勢いをつけてトンネルに突入!って
気合を入れそうな場所だったからですかねw

ともかくそれも駄目で、結局、僕が歩いて行ってみますから、と言ってトンネルに入りました。

いやあ、ものすごい!などとというものではなかった。

春先だったので、寒さと排気ガスが充満していて、車が通るたびに
すごい音と風圧に気持ちが萎え、座り込みたくなるのです。

でも必死にハンカチを口にあてながら、下向きでトボトボ歩くこと数十分だったかな?
遠くに見えていた出口が少しづつ大きく明るくなってくる。

途中で何度も吐き気に襲われたりしましたが、なんとか出口にたどり着き
公衆電話で会社に連絡してみたら、えー?今どこにいるんですか~と、
これも、気が抜けるようなノンびり社員に、ともかくヘルプミーだ!ρ(`D´#)と、
連絡し終えて、はた!と気がつきました。

やはり、あそこに同じように戻るんだよね~...orz

内心はやだなーでしたが、社長を置いてけぼりは後がコワすぎる・・・(^_^:

大丈夫、大丈夫、死にはしないだろうさ・・・たぶん
と、ぶつぶつ自分に言い聞かせながら下を向いて、戻りました。

ともかくその日の仕事は丸つぶれでした。

そういうワケで、車のメンテナンスは普段十分にしておこう!
ということです。

当たり前ですが車のエンジンは一個しかついてません!

止まったらアウト!です。

止まった場所が悪かったらマジで死にます。(山奥とか天候とかいろいろあるでしょう?)

ここは非常に重要なので繰り返します。

マジで死にます。...(^_^;

同様に・・・って強引ですがw
パソコンとかスマホに命にかかわるようなものは入れておかないとか
バックアップをきっちりとるなど・・・

ハードディスクが2重構造になっているものを使うとかね。
考えられることはやっておいたほうが身のためでしょう。

障害や災害はいつだって突然にやってくるのですから・・・

高校生(5) [アーカイブ]

高3の春、僕は『恋』をした。

天文部の双子の姉妹部員の姉のほう
妹は天真爛漫なタイプだったが、姉のほうは、もちろん明るいのだけれど
時々、ふと見せる憂いを帯びた視線を不思議に思った。

クラブ員全員が写っている写真を見ていて、やはり僕はこの子が好きだと、確信した。

家の近くに仲の良かった後輩部員が住んでいた。
彼の部屋は、うらやましいことに、母屋とは別棟で、よく音楽を大音量で
聞くために、遊びに行っていた。

その後輩とある日話をしていた時、ふと、俺さあ、好きな子が出来たみたいだ。
と、告白した。

えー!?誰ですか?
ん?同じクラブのJちゃんだよ

って、マジっすか?彼も同じクラブ員だったw

うん、告白しようと思っている、と言った。

俺は有言実行なタイプだぞ、と思ってた。
なので、翌日彼女に電話して、友達からでいいので俺とつきあってくれませんか?
と言った。今思うと、単刀直入だなぁ(汗

最初のデートは、相当照れた。
だって、デートなんかやったことないし・・・

ただ、逆に彼女に助けられた、かも。
彼女のよく行っているという喫茶店を教わったからだ。
大人で美人のママさんと、3人きりでよく話した。

最初の電話からずっと、学校からの帰りは待ち合わせで
帰る方角が一緒だったので、二人で自転車で並走しながら
いろんな話をした。

彼女の家の方角に向かって大きな川が流れている。
よく、その河原に二人で降りて、そこで一緒に座った
今日あったこと、これからどうしたいのか?などを話しあった・・・
そうしながらも、僕の目には彼女の姿が、どうしても目に染みていた

光る川面から反射する彼女の瞳の澄んだ美しさ
ふわりと香ってくる長い髪の甘い匂いに、僕は酔っている気分だった。

不思議に思っていた、たまに見せる彼女の憂いは
中学の時のかなり上級になるまで、自分は「里子」に出されていた。
それまで、妹の存在さえ知らなかった、ということだった。

里子って、当時の自分にはピンと来なくて
ちょうど、母方の祖母が来ていた時に「里子」の意味を聞いた。

家が貧しかったんだろうねぇ、というのが祖母の意見だった。
貧しい家に双子が生まれ、困った親は姉の方を、叔父さんの家に
あずけてもらったんだ。。。

ばあちゃんと話していると、なんか臨場感が増してきて、彼女の寂しさ
とか、憂いの理由が解ってきて、思わず、ぽろんと涙がこぼれた。

Jちゃんは背が小さかった。きっと双子で生まれたせいなのだろう。
でも、その小さな体で、頑張っている姿が愛しくて仕方がなかった。

ある日の部室、ベランダで1年下の後輩と話した。
いーなー先輩は、Jさんと、あんなことや、こんなことしているんでしょう?
って!いやいや、してない。

なんでですか?してあげたほうがいいですよ。俺だったらしているなぁ
先輩が羨ましい。

そういうものなのか・・・?
自分はまだ学生だし、結婚なんてできないから、責任はとれないぞ
そういうところが、自分の素直な考えだった。

じゃあ、なぜ?女の子とつきあっている?
単純に言えば、いつも一緒にいたい人だから、だよな?
好きな人といつも一緒にいて、なにが悪いんだ

かなり理屈っぽい感じだったです。

3年の夏にいった星を見に行く合宿にJちゃんは来なかったけれど
出かけるという時に渡された、黄色いタオル
幸せの色だよなあ、と思って合宿中ずっと首にかけてたw

一緒に河原にいて、山の線に日没を一緒に見た時・・・
太陽沈んじゃったな。
うん。
という時に、急に愛しくなって肩を抱いたことはあった。

その時は手をつなぎながら、一緒に歩いて、なんとなく照れくさいけれど
彼女の前髪をかき分けるふりをしながら、丸いおでこにキスした
それで、じゃあ、またなって手を振って別れた。

そんなもんでした。
あの太陽が沈んだ時の二人でいた瞬間が
切り取った絵のように、今でも鮮明に思い出せる。

彼女は福祉系の学校を目指していて、
僕は相変わらず、親父と口論をしょっちゅうしてた。

公務員になるためには、法学部に行くのが一番だ
というのが、自分としては、理由として納得できない。

いったい自分はなにをやったらいいのだろう
それが決められない。

確かに小学生くらいまでは、僕はお巡りさんになります。
なんて、卒業文集に書いたりしたけれど、それは夢ではなくて
ただ、書くことがなかったから書いただけw

それで、恋愛も学業の方も煮え切らないまま・・・
あ、そうだ。3年になり、美術部の顧問先生にうちにも絵を描きに
こないか?と誘われ、本格的に絵を学ぶようになった。

なので、美術部と天文部兼任ではあった。
だからといって、絵を職業にしようとも思わなかったけれど・・・

学校の進路指導でも、なんかピンとくる答えは得られず
どんどん、卒業の時間が迫ってきたある日のこと
冬のバスターミナルで、彼女に告げられた。

あなたのことは、友達としてしか考えられないって
まあ、フラれたわけです。
当然です。僕は彼女の彼氏として、彼氏らしいことは一切していなかった。

ショックはショックでしたよ。
家の近くの後輩部員の部屋で、ワンカップのお酒を買ってきて
飲みながら、黙って音楽を聞かせてくれって、落ち込みました。

お酒は、高3になってから、親父のしまっておいてある洋酒を
ちびちび飲んでましたからw

結果、僕は大学受験はすべて沈没で、仙台の予備校行きが決まりました。
彼女も仙台の福祉系の学校に入学が決まりました。

以前に書いた記事で、彼女との仲は卒業で終わったとかいたのは、便宜上の話w

実は、その後にも話の続きがあります。
高校卒業後、予備校に入った僕の下宿の近くに
たまたま、彼女の住む寮もあったのです。

下宿には僕の悪友一人と、福島の二本松から来ている面白い奴がいて
3人で、福祉系の寮の女性たちを誘って、近くの公園で飲み会をやったのです。

その頃の僕のお酒の飲み方は、もう、無茶苦茶で
安いウィスキーを、ストレートでがぶ飲みw
そのまま、気持ち悪くなって、公園のベンチで寝てたら
酔った勢いの良く知らない女性が突然抱きついてきた。

男だったら、酔っぱらって、どうにかするところだったろうけれど
なにしろ、相手は元彼女の住んでいる寮生とわかっていたので
そちらの考えの方が勝っていた。

で、よせよ!とその子を払いのけた。

福祉系の寮生の中に、僕が小学生だった時に一緒に図書委員を
やっていた女性がいたのに気付いたのも、その飲み会だった。

で、ある日の事、自分の悪友と、その彼女が画策したらしく
Jちゃんがあなたに会いたいって言ってるよ、という電話が
下宿に入った。何日の何時にあの公園で待ってるとの話。

作り話かって?いや、マジであったことを書いてますから・・・

真っ暗な公園で僕はJちゃんと再会した。
久しぶり、元気でやってる?
うん、そっちこそ、と会話はあまり、はずまなかったけれど

わたし、あなたに謝ろうと思っていたと言われ
なにか、お別れのけじめをつけてほしい、という話。

相変わらずだなぁ、と思った。
こういう子だから好きだったんだ。

でも、どうしろっていうんだ?
僕は、ダメダメ浪人生だぞ。なにができるっていうんだ?

えーと、けじめ?
男としてのけじめかーって、超不器用に考えた。

じゃあさ、ほっぺたをひっぱたくってのはどう?
って聞くなんて、青いよなあ(汗

いいよ、あなたがそれで、気が済むならと言われ
初めてでしたよ。
大好きな女の子の柔らかいほっぺたを、パシンとやってしまった。

痛かったか?
うん、ちょっと・・・
俺の手の方が痛いくらいだったぞ
ぷっ、相変わらずだね。○○君は、って彼女は笑ってた。

やっぱり、かわいいなと思いつつ、最後は、また手を振って別れた。

そんな彼女は風の便りでその後、北海道に渡ったとか・・・
僕は横浜の大学の学生になり、下宿にいた自分に、ある日弟から電話があった。

○○さん(Jちゃんの本名)から封筒入りの手紙が来ているって、
ああ、しまっておいてくれと言ったけれど、僕はその手紙を読んでいない。

離れてしまった相手に対して、どうしろというのだ。
それが、子供の頃から転校を繰り返した僕の考え方だった。

高校生(4) [アーカイブ]

高校2年生の後半になると、急に学業にいそしむ奴が増えたりする。

小学校の時に本の虫になり、かなりの数のミステリやサスペンス系、SF小説
などを学校の図書館から借りていた。図書カードを年に2枚裏表を更新したのは
自分と、誰だっけ、もう一人いた。

図書委員もやったりしたので、学校の図書館は心が落ち着く場所だった。

うーん、来年になると、進路相談があるだろうな、と自分も図書館に行って
とりあえず、勉強のマネ事はやったw

だが、基本的には、天文学や物理学、生物学などが好きで、結局自分が
面白いと思う本だけ読んでいた。

どこそこの学校は偏差値が云々という話は、右の耳から入って左へ抜けていたw

僕のいた学校はとりあえず進学校だったけれど、進学?
俺はなにやって生きていくんだろう、という考えは、なかなか、まとまらなかった。

とにかく、基本的にはいまだクラブに熱中していた。

冬になると、空気が澄んできて晴れた日は寒いが絶好の天体観測の場となる。
天気予報は、天気図が書けるくらいなので、今晩どうなるかは予測がついた。

放射冷却現象は天体観測にとっては大歓迎だったw
今日は寒くなる模様となったら、汎用合宿所の屋上に10センチの望遠鏡を
昼から持ち出して、望遠鏡ごと冷やしておくのである。

望遠鏡が冷えることで、無駄な空気の流れが地上のシンとした冷気に馴染んで
モータードライブで、赤道儀だったから、ほとんど手を触れることなく天体を追える
ということである。

【天文年鑑】という本がある。一年の天空で起こることの予定表で、
今日はこれをみるぞー!見たい人は何時に合宿所の何号室に集合
まだ、そんな感じの高校生活だったのです。

寒いのはみなわかっているから、完全防備で望遠鏡のアイピースをのぞき込んで
うわぁ!綺麗ですよね

そんな寒い中で、身を寄せ合っての天体観測は、特別な感情に目覚める時でも、あったりした。
特に1年のかわいい子や、同級の双子の女性部員がいつも気になってきて仕方がなかった。

楽しかったけれど、なぜか胸がキュンとする青春の時期、それが本格的に再到来した時期でした。
かなり、遅まきながらの話ですw

高校生(3) [アーカイブ]

転校生編を一気に5記事書いて、高校生編は1年生版を2記事投稿

超ロングな自己紹介みたいな感じ?・・・(^_^;

せっかくなので、2年生版以降を再開しますw
もうね、こうなれば、もはや意地以外のなにものでもありませんな。^^

ちなみに、すべてオリジナルな実話ですw

まあ、多少の時系列のブレや記憶違いなんかがあったりするのは
勘弁してやってくださいw

2年生になると、うわーっ!勘弁してくれよーっ!と、思っていた
男子専用クラス(通称男クラ)の洗礼が待っていたのであった。

なんで、共学なのに、こんな男くさい所にいなければならんのか?
と憤慨しておりましたw

なので、心のオアシスは天文部に放課後になって部室に入り浸っている時!

先生が地学のスペシャリストなので、例えば天気図をラジオを聴きながら
書いたりとか、いろいろやらされましたね。

2年生になると、毎月買っていた天文ガイドもなめるように繰り返し読んで
すっかり天文通になっていた自分は、なんとなく場の空気で、部長になったら?
というみんなの視線を感じていました。

なので、地学の先生が今年は誰が部長をやるのかなー?と聞かれた時に
自然と、皆の視線が自分に集まってしまった。というわけです。

○○か?1年の時は、事故でたいへんだったものな?
じゃあ、それのリベンジということで、頑張ってもらおう。

というわけで、すんなり決まってしまった。

で、仲の良かった部員たちを集めて、天文部として欠けているものは何か?
の案を募った。

かわいい1年生の部員も増えていた。
夏の天体観測合宿をもっと長くしては?とか
1年のなにさんがかわいいと思う、ってそれ全然関係ない話だから!とかw

自分は天文部としてたった6センチの古いアクロマートレンズの望遠鏡の
存在は、クラブとして恥ずかしいと思うと言った。

天文ガイドで、あーでもない、こーでもないと、いつも望遠鏡の機種を
眺めては、これだ!俺はこれで天体観測がしてみたい!

という「野望」があった。

それを買うためには、最悪でも4万か、5万はかかる
顧問の先生をそれでなんとか説得しなければならん!

4月になった今、予算会議が先生たちの間で開かれる今が説得の時期だ!

というわけで、陳情団は自分を含め2名のふところ刀!
それでは、参るぞ!ははっーって感じ?w

なにーっ!?最低でも4万か、5万は、かかるって?
だって、先生?天文部としては、あんな古い望遠鏡なんて恥ずかしいです。

天体観測を満足にするためにはT社のモータドライブ付きの最悪10cmの
反射式望遠鏡が絶対に必要です。

部員たちに、いろいろ見せてやれる環境を作るのが我々の役目です!という勢いで・・・

わかった、わかった、なんとか他の先生たちやその他もろもろに諮問してやるから
と言ってくれた時は、やった!と大はしゃぎでしたw

6月くらいでしたかね。T社のモータドライブ付き10cm望遠鏡が届きました。
自分もV社の5センチ7倍の双眼鏡をお金を貯めて、買っていました。

5センチ7倍というのには意味があって、光の集まる大きさが人間の目の瞳孔と
ほぼ同じ大きさなんです。なので、星の光が抜群に明るく見えるし、

7倍って低い数字のようですが、実に見やすいんですよ!
倍率が高くなると手ぶれが酷くて何か見ようと思っても、対象物を探せなくなるのですw

話は変わって文化祭の時期は秋口でした。

これも、僕の発想で、太陽系をモデリングしてみよう!
ということに、強引に決めましたw

太陽は部室にあった折り畳み式のプラネタリウムです。
太陽を基準として、惑星の大きさは計算して決めることができます。

まあ、あんまり大きな部室ではないので、惑星系の距離までは再現は不可能です。

木星や土星、天王星、海王星までは比較的大きな天体ですので、ちょっと厚紙を切って
球を作り、そこに紙粘土を捲いて行って、最終的にはアクリル絵の具で色をつけました。

むしろ苦労したのは、小さな天体ですねw

地球なんか太陽の109分の1の直径でしかありません。

ちょっと自信がないですが・・・卓球のボールで代用だったかな?
その他、月とか、金星、水星、火星、冥王星(当時は惑星だった)は、紙粘土を
丸めたものw

それらを適当に着色して、さあどう繋げようか
って、え?繋げるの?繋がっているものなんですか?

あ、そうか・・・
って、展示物だろう、まさか回せってワケでもなかろうに
と、みんなで、わいわいやっているのが、もうもう楽しくてw

顧問の先生は、なにぃ?太陽系をモデルにする?と最初はびっくりしたようですw

バックグラウンドはホルスト作曲の交響詩「惑星」指揮者エードリアン・ボールトを
ノンストップでね!を指定

その頃は、悪友3人を入部させることにも成功していました。

元剣道部、元ハンドボール部で、どっちも中学時代からの悪友
そうしてもう一人が、生徒会長のY君ですw

Y君には部屋のここを貸してくれ!と粘られて
そこで展開したのは、テレビの高電圧を利用した空飛ぶアルミフォイル
のデモンストレーションの場となりました。

最高でしたね!文化祭!

僕は当時エマーソン・レイク・アンドパーマーにハマっていて
名盤「展覧会の絵」を、これまた趣味で学校にバカでかい
オーディオ機器を持ち込んだ奴がいて
大音響で聞いた「展覧会の絵」の音楽にしびれてました。

青春というより、とにかく「元気」な高校2年の前半でした。

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高校生(2) [アーカイブ]

12月24日クリスマスイブの日の事だった。

いつも一緒に自転車で帰る友達と街の本屋によってこうぜ!
となり、自転車を本屋の前につけたあと、自転車のカゴに
「幸福駅」のキーホルダーが、ぶらさがっている?

なんだこれ?

友達は、おいこれってさー、どこかの女子が告ってきたんじゃね?
ヒューヒュー!って、よせよ、と言いながら帰った。

ある日、同じ本屋で白○合学園の制服を着た女の子に
声をかけられた。キーホルダー、どう思いましたか?
って、どうも思わなかったなんて、言えません。

その子と本屋を出て、しばらく歩いた
顔はなんといったいいのか、中学時代からの友達だった
卓球部の彼にどことなく似ている・・・なので最初からNG!

だが!なんと交換日記なるものをやってみたいとの話・・・
まじっすっか!?
めんどくさ!
が本音。

何週間続いたかねぇ、マジでめんどくせえ!
と思いながらも、週一くらいで会っているうちに
Mさんという子に、あなたと付き合っていることを
聞かれたって、びっくりした。

彼女、帰ってきているんだ!
そう思って、その学園の前を通る時になにげなく見たら
Mさんの姿を発見!
相変わらず凛とした、まっすぐ前を向いた美しい女性になっていた。

さすがに声をかけるもなにも、自転車で、すーっと通っただけだったから
あ”-自分が情けない。。。orz

その後、交換日記の彼女は、僕があんまり乗り気じゃないことを
察したのか、例の本屋でビニールの袋に入ったキジの尻尾を手渡された
そしてこう言った、私の事が気にいっているなら、それを持ってまた回って
私のところに来てください、と・・・

悪いな、とは思ったけれど、僕はさっさと本屋を出て家へ帰った。
キジの尻尾も速攻で捨てた。

男女の仲は相性があると正直思っていた。

文化部に入ると必ず誘われるのが、応援団への勧誘だ。
1年生だったある日、応援団の連中が教室へ、づかづかと入ってきて
文化部の連中は、手を挙げろ!ということで選別が始まった。

残ったのは結局、僕と後ろの席の彼氏の二人だけ・・・
じゃあ、じゃんけんで決めろというのも、相当乱暴な話。

で、じゃんけんは僕の勝ち!^^
それでよかったのか、悪かったのかは、わかりません。

応援歌練習は半端じゃなくきつくて
何日までに全曲(校歌も含め7曲!)暗記して来い!
ということに、僕は反抗するタイプ

応援歌練習で、僕がちっとも憶えてこなかったのは
ばればれの一目瞭然だったのだろうw

応援団長のNさんが僕の顔5センチくらいまで寄ってきて
にらみを利かせている。

んもー!頭に来たぞ!って声を限りに歌っていたら
団長のNさん、もういい、もういいからって
どら声になったから、それ以上声をだすなという話

なんでも、どら声を続けていると、声帯がやられてしまうそうで
責任問題になってしまうとか・・・

ともあれ、今でも応援歌や校歌は全曲歌える。

弱小野球部だったけれど、僕が社会人になってから
一回だけれど、甲子園に行って一回勝った。
まさか、テレビの前で校歌を歌うことになるとは
思わなかった、しかも会社のテレビの前でした。

その試合をテレビで解説をしていたのは、
弱小野球部だった頃の僕の同級生だったりしたのが笑えたw

高校生(1) [アーカイブ]

最初にトレンドアフィリエイトのリアルタイムな奮闘記録!などと書きながら
リアルタイムというよりか、これじゃあ「回顧録」だよ!
というひとり、突っ込みを入れてしまうような状況。

なによりも、気になって仕方がないのが、どうしてアドセンスが表示されないの?
ということで、下剋上サイトのQ&Aを見ても、どうもふに落ちない感じで、
じゃあと、メールサーポートを2回送ったけれど、大きくかまえて表示されるのを
待ちましょう、書くことは日々の何気ない出来事でいいです^^という返事
ということで・・・

日々の記録といっても、要するに生きるために、ちゃんと3食食べて
泥臭くともきっちりと、毎日やっている仕事や習慣をこなし、
やれやれ、今日も無事終わった、寝よう!の繰り返しを書いたって
なにが面白いのか?

まあ、社名の問題に触れないようにするには?を思うと
当面回顧録、でもいいかな?広告が表示されるまでは、それでいいや!

というわけで、表題の件に入りますw

高校1年生!

確かに思い返すと、いろいろあったなあ・・・と思う。

僕の住んでいる土地の高校は、かつての伝統を重んじる校風の
学校が多くて、とにかく古風なんてものではない。

他行の応援団の例だが、わざと(?)ぼろぼろの衣装をまとった
格好で、応援用の小道具を歩いてリヤカーで運ぶというのが
伝統で、いまだにそれが受け継がれている。

車でその脇を通って、横目でみるのだけれど、よくやるなー
と思ってしまうw

高校生活を大きく分けると、まずは6クラス編成でした。
わりと、男子生徒が多い学校だったので、6クラスのうち
2クラスが男子のみのクラス(略して男クラと呼んだ)

絶対に「男クラ」はヤだなーと思っていたので・・・

男女が一緒の混合クラス希望!(略して混クラ)でした。
なんで、そろそろ大人に近づいて、色気から遠ざかって
どうするのだ?と思っていたりして・・・

なので、クラス構成はABCDEFという感じ。
僕はB組で、がっちり混合クラスでした^^

入学して、もうもう願ったりかなったりの「天文部」に入りました。
驚いたのは部員数が60人もいて、文化部でも最大クラスの
クラブだったこと、かわいらしい女子生徒が多かったことですw

僕の父が警察官だったことは、もうすでに何度も書いているけれど
なんなんだろう、親父の趣味の悪さ・・・
子供のころから何度か見ていて、うえー気色悪いと思っていた
写真(親父の趣味は写真を撮ること)の中で、男女が無理心中をした
リアルで大きなモノクロ写真があって

ほとんど白骨化しているのだけれど、ところどころに肉片が残っていて
そこに、嘘だろう!と思うような多数のウジが・・・おえぇ
と自分でも思ってしまう写真を、いたずら心で学校に持っていき
自分の席に近い女子に見せたら、一人の子は泣き出してしまった・・・

ある日、自分の筆入れをみたら、なにやらもぞもぞ動いている。
開けたら、僕の大嫌いな巨大な足高蜘蛛が飛び出てきて
ありゃま、俺の最大の弱点をつかれてしまったよ。

なんてこともあった。

クラスの担任の先生の得意分野は「英語」

英語は「リーダー(読むこと)」と「グラマー(文法)」のふたつ
グラマーは、あくびの出るような退屈さ・・・

1年生の時の文化祭の2日目、最悪なことが起こりました。
二日目だったのだけれど、その日は若干の雨模様で
自転車通学だった僕は、帽子を目深にかぶって
でも、文化祭!って、はりきって登校したのだけれど
大き目な十字路で、前から右折してくるトラックと正面衝突!

おい!大丈夫か?と声をかけられて
大丈夫です、と立ち上がってみて驚いた。

足が痛い!
と思わずしゃがみ込んでしまった。

で、誰かは忘れたけど、みなさんに抱きかかえられながら
一番近い病院に緊急入院。

看護婦さん優しかったけれど、そうなんだけど
治療を待っている間、おしっこが我慢できなくなってきました。

まだ、そこは高校一年生。

なかなか、我慢していることをいいだせない...orz

でも、これはやばいと思って看護婦さんが近づいてきた時に
あのーすいません、おしっこが我慢できません!

あ!ごめんね
今、持ってくるからね!って
いわゆる、ガラス製の「しびん」ですねぇw
初めて見たわ

と、ベッドの中でちょろちょろとやった初々しさw

症状は左大腿骨圧迫骨折で神経が圧迫されているので
後遺症が残るよ!という先生の話でした。

事故の当事者のトラック運転手は、免許の点数が少なくて
なんとか、なにもなかったことに・・・
と言っていましたが、先生の声は「そんなことできるか!」
と一喝!

あー、運転手さんになんか悪いことしたなー
とは、思いました。

入院中は、足が痛い以外は極めて元気で
入院した夜の夕飯がイカの刺身定食で「うま!」と
食べているところに、弟がカップヌードルを持ってきて
くれたのを覚えています。

まあ、その前に親父やおふくろもきてくれましたが、
まったく、あんたはそそっかしいんだから、と言われたのが関の山・・・

しばらくして、天文部の顧問の先生やクラブ員のみんなが来てくれました。
なんか、かえってすんません。
楽しみにしていた文化祭

あとで聞いた話、先輩から、お前あの日来ている気がしたんだけどなー
って、俺は生霊かよっ!って思ったw

さすが若いねーと先生に言われながら
2週間で退院・・・

ただでさえ、いー加減に勉強していなかった自分に向かって
退院後最初に受けた中間テストの結果は散々で、
担任の先生から言われました、下から数えて3番目だよって...orz

まあ、いいや、これから挽回しますからって
こんなの、当たり前だろう?と超楽天的な高校生でしたw

転校生(5) [アーカイブ]

最後の転校の話です。

中学3年の春に、今住んでいる土地に転校しました。

例によって【待機宿舎】です。
6畳2間にキッチン、トイレ、風呂場はあるけど
体が大きくなった男兄弟3人を格納するには、正直かなり狭いんですけど...(=_=:

1つの部屋に2段ベッド、勉強机3つって、どういう状態だった?
私は、自分の机の下に頭を突っ込んで寝ていました。

2段ベッドに寝ていられる弟2人が、マジでうらやましい...orz

前にいた学校で、勉強漬けだったせいか
予想もしていなかったのが、転校した学校で受けた最初の試験でした。
いきなり、学年で2位になってしまった。

お、すげーな!やるなーっ今度の転校生!

いやいや、俺ってそんなにすごくないから、普通ですから、といいワケしつつ
学校のレベルの差って、こんなに大きいのか?と気づいてました。

気づいたのなら、もっと勉強しろや!と、当時の自分を叱りたくなりますが、
まあ、朱に交わればなんとやら、ということです。。(^^;

まさか、高校になったとたんに遠く離れた街の反対側に
自分の親が家を建てるなんて知る由もありませんでした。

すごく単純に考えていて、当時家に一番近かった普通高校に入れれば
OKなレベルの成績をクリアできればいいのさ、と思っていました。

学校のパンフレットに、天文部があったのが、【決定打】です。

それと、中学や高校の頃は将来の夢を考える時期?なんですか?

ちょっと、自慢話に聞こえたらごめんなさい。.。。m(_ _)m
学校で「知能検査」と「適性検査」があったのです。

で、基本的にそういう試験の結果は本人にはあまり明かしません。
特に知能の方は・・・かな?

今は明かすのかな?クイズ番組でこれ解いたらIQいくらとかやっていますから。

まあ、いいや。
その知能検査で、お前さー、この学校でトップだったぞ?と
担任の先生がこっそり廊下で教えてくれたのです。

知能が高かったらどうなるんだ?偉くなれるのか?と思った。

IQが高かったら、人生の成功者になれるのか?
そんなの、クイズ番組常連のお笑い芸人に任せておきましょうw

それで、適性検査の助言を見たら、医者芸術家向きという2文字が
目から離れなかったりして。

早速、母に相談しました。
あのさぁ、なんかさー?俺って医者に適性あるみたいだよ?
と軽く言ったつもりが、

なに言ってんの!?冗談じゃない!って叱られてしまった。
警察官の息子が、将来何千万もかかりそうな医大を受験するなんて
絶対にないんだから!と、きつい一発でした。

弟二人を後に控えて、あんた、何を言ってんの!?
・・・はいはい、わかりました。。。(=_=;;...orz

というわけで、医者への夢は軽く、一蹴されました。

後で聞いた話ですが、警察官の息子で医者になった人がいたそうです。
それもへらへらと母から聞いた話・・・
なに言ってる?いい加減にしろ!って思っていけないでしょうか?

父親は、警察官もしくは公務員、銀行マンの安定した職業に就けの一点張り!
なぜだと思う?なぜなら我が家は公務員の家系だからだ!意味不明の主張....
こういうのを両親から受けたのは、後から気がつきました・・・「洗脳」なんだって

いや、あのさ、そもそも公務員って制度、いつからできたんだ?
と、やりあったこともかなりあって、おかしいだろう?
ってちょっと考えればわかる話だよ?って思っていた。

兄弟の中で、一番親に楯突いたのは、自分だったです。

弟二人は両方とも今も公務員です。
俺が二人ともコネで入れてやった。というのが親父の口癖でした。

そんな感じなので、僕は僕の子供にだけは、自分の見識を押し付けるのは
絶対にしないぞ!と心に誓ったのでした。

人にとって「自由」は、なによりも大切なことでしょう。
と、思うのだけれど、これから圧倒的に介護が必要なお年寄りが増える?
というのも、これから、ますます深刻なことになると思うのです。

難しすぎて、考えたくないけれど、必ず誰でも直面することです。

年金の問題や、民間の所得の低さの問題は深刻です。
そんな状況を読んで、長女はしれっと、公務員になっちゃいましたけどねw

すみません、閑話休題・・・

卒業が近くなったころ、転校してからずっと好きだった子を思い切って自転車で追いかけました。
追いついてかけた言葉は「おい!試験、頑張れよ!」と一方的に言って、目線を交わして
そのまま帰りました。
彼女がとある、公立の高校を目指していたことを知っていました。

随分後になって、あの時は嬉しかったんだよ!
私の事好きなの?と思っちゃった!
と屈託なく笑う彼女と、公園で会いました。

いやぁ、実はそうでした!と言う言葉をあわてて、飲み込みました。
いつの間にか、その横に強面の彼氏がいることに気づいたからですw・・・(^_^;

「転校生」編は、以上で終了です。

転校生(4) [アーカイブ]

仙台で住んだ場所は放送局の鉄塔の近くとでもいえばいいのか
動物園の近く、遊園地のあるとこの近くでもあります。

そこには、例によって警察の待機宿舎がありました。
とはいっても、仙台は東北の中心でしたから
あとになって聞いた話ですが、父の動く範囲もやたらと広かったようです。

そんなことには一切気づかず
詰襟に昔ながらの古風な格好に身を包み
そんな写真が残っています。

校則が厳格な学校で、校歌を流す時に校旗を上げ下げするのですが、
その歌が聞こえているうちは、どこにいても不動の姿勢で学校の方を
向いていること!

これを下校時にやられると、すごいんですよ。
グラウンドを歩いている生徒、階段に手をかけた生徒
あるいは先生も、ビタっ!と止まって、旗を見上げている。
街を歩いていて、校歌が聞こえた瞬間、立ち止まる学生は
その学校の生徒でしたw

とにかく時間の止まった世界という感じ?

いまではたぶんやっていないと思いますが

当時の先生達のいで立ちに、内心ひぇぇぇと。(汗;
特に男の先生なのですが、お手製の「武器」
わざと、ひけらかして登校しているのには参りました。

ある先生は大きな「しゃもじ」ある先生は「サスマタ」の先が
うんと小さい棒、ある先生は剣道六段で校門で登校してくる
生徒に睨みを利かしているw

僕は武器の洗礼はあまり受けたことはなくて・・・うそうそ
しょっちゅうやられましたとさ、とほほ・・・特にしゃもじの痛さは格別です(涙

不良学生だったので、しょっちゅう遅刻するは、その都度
剣道六段の先生に「こらあ!」って一喝されて
罰は、廊下で20分間正座していなさいって
寒い冬の冷たくて固い廊下は辛かった。

まあ、楽しかったですよ。
例によって友達もたくさんできたし、
憧れてしまう女性もコロコロ変わりました。

ただ、バドミントンをやっていたRさんだけは
なかなか、声をかける勇気が持てなくて・・・

彼女は学級委員長だったのです。
自分にとっては、とてもじゃないけど、釣り合わない。
と、諦めていました。

でも、ある日ほんとうに偶然でした。

あるコンサートを学校から進められて
自分の席は会場の個人が特別に座れる特等席で、
自分の席の隣に座っている人を見てびっくり!

Rさんでした。
こんなことってあるのか?と半信半疑で誰かが仕組んだ?
わけないかぁ、自分が彼女が好きだと知っている人はいないし

で、躊躇なく「お邪魔します」と声をかけ自分の席に座りました。
あら、こんにちは、と笑いかけてくれました。

会場の光に照らされた彼女の横顔は、う、美しい・・・

コンサートが始まりました。
もうもう夢の様でした。音楽に感動しているんだか
彼女が横にずっといることに感動しているんだか
わけわからん。。。

で、同じ姿勢を取っていると、だんだんお尻の辺りが
痛くなってくる。
思わずちょっと立ち上がって、姿勢を直したときに
彼女のひじに、こつんと自分のひじがぶつかってしまったのです。

そしてそのまま、ひじ同士がくっついたままの状態に

そしたら、彼女がうっとりとした顔を近づけてきて
○○君、実は私は・・・
え?え?と聞き取れないし、ってそんなに顔を近づけて
大丈夫かこれ?

結局、彼女がなにを言いたかったのかは未だに謎です。

自分にもっと勇気があれば、自信があればと悔やみましたが
チャンスの時間は去ってしまったのでした。

学校の友人たちは、親が大学教授の息子である子とか
個人病院の先生の息子とか、かなり成績優秀な友達が
多かったです。

他の事はダメなんだけど数学だけはむちゃくちゃ強いとかね。

そんな彼を中心メンバーとして、n次元方程式を解くサークル
みたいなものにも参加しました。

そもそも、1年生の頃から、ブルーバックスを読むことに
ハマっていましたから。まあ、これもある友達の影響ということに
しましょう^^

相対性理論、とか不確定性原理とか、そういう系の本を
わかったような、わけわかんないような顔で読んでいました。

n次元方程式を解くサークル活動はそんな自分にはぴったりでした
結局3次元以上はわけわからなくなりましたがw

恋愛と勉強漬けの2年間は厳しい校則にしばられながらも
なんとなく、自分が輝いていた時間帯であったと今でも思います。

この学校に3年間いたとしたら、と考えると3年になる時の転校は
ある意味分岐点だった。と思うしかありません。

続く

転校生(3) [アーカイブ]

4年生の期間はあっという間に過ぎ去りました。

何年生だったか定かでは、ないけれど。

待機宿舎の近くに山があり、友達に誘われ山を登りながら
アケビを取ったり、山ブドウを楽しんだりしながら登った山頂には、
びっくりするような大きな観音様が立っていた。

という感じで、近所の公園で小鳥が木に住んでいて
そのヒナを無理やり取って来た悪ガキたちが
それを置いたまま逃げていったことに腹を立てて

ヒナを手に抱いたまま、待機宿舎のお母さんたちに
声をかけ、どうしたらいいかと相談したけど
いろいろ食べさせようとしたけれど、ヒナは頑として受け付けない・・・

結局、亡骸を橋の上から箱に入れて川に落としてあげる
そうするしかなかったのが、悲しい思い出。

小学校高学年は多感になってくる時期です。

女子の性教育が始まるのもその頃で、男子禁制は
あたりまえって、
それって、宮崎駿さんの「おもひでぽろぽろ」と同じですね^^

いい加減5年くらいになると、女子の背が急に伸びてきて
膨らむところが膨らんでくる。
いろんな下着の業者さんなんかが卸に来る。

ほんとに、アニメの世界そのものです。

5年になった時に、同じクラスに「転校生」が来たのです。
その子の顔を見ていたら、あれ?って、急に不思議に思って

なにか質問はありますか?と先生がいうものだから
はい!と手をあげて、2年生の時はどの学校で学級はどこで
担任の先生は誰でしたか?と聞いてしまいました!

みながシーンとして聞き入っていました。

彼女の答えは、僕がいた2年の時の斜め向かいに
座っていた子だったのです。

はあ、そんなことってあるんだー
初めて味わった偶然の一致でした。
彼女は、仮にMさんということにします。

その偶然が、変わっていく思春期の僕を
どう変えたのか?察してください。

6年生、卒業する時が迫っていました。

その頃は彼女とはあんまり話はしなかったけれど、
大・大・大好きな女の子になっていました。

僕は仙台の中学に行くことが決まっていました。
今度はまたこちらが転校生です。

列車が出る時間が迫っていた時
親しい友達から渡されたのは一冊の切手帳でした。
僕が切手を集めていることを彼女は知っていたんだ。

甘酸っぱい匂いというか思いを感じながら
担任の先生や仲の良かった友達に手を
振って仙台に旅だちました。

続く
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